ペアリングワイン

5月の復活大祭を祝うワインペアリング

キリスト教の重要な祝日、復活祭(イースター)。十字架にかけられたイエス・キリストが3日目に復活したことを記憶するために設けられた記念日です。

ギリシャ語では「パスハ」と呼ばれ、日本語で「復活大祭」と訳されています。ギリシャ正教では、クリスマスよりも重要な行事で、様々な儀式が続きます。

ギリシャ人は基本的に信心深い人が多いのですが、復活大祭が近づくと、あまり信心深くない私まで影響を受けて、厳かな気持ちになってくるのですから、不思議です。

復活大祭は、「春分の日後の最初の満月の次の日曜日」とされているので、毎年日付が変わる移動祝日。そのうえ、グレゴリオ暦で算定するカトリックなどの西方教会と、ユリウス暦(旧暦)を使うギリシャやロシアなど東方教会とでは、日付が異なる年がほとんどで、とても複雑。

2月くらいになると、ギリシャで暮らしている時は、「あれ、今年のイースターはいつだっけ?」と、たびたびカレンダーを見直していました。特に、2021年の今年はユニークな年。西方教会の復活祭は4月4日でしたが、東方教会の復活大祭は5月2日。1か月近く離れているのは、極めて珍しいといわれています。

さて、復活大祭で欠かせないのは、真っ赤に染め上げた茹で卵。赤い色は、キリストの血、再生を意味しています。タマネギの皮を酢を加えた湯で煮込み、染料を作ります。普通の黄色タマネギで十分ですが、細かく切ったビーツを加えると、色に変化が出ます。

コルフ島の伝統習慣は?

ギリシャ・ペロポネソス半島の西、イタリアに面したイオニア海には、主に7つの島が陸地に沿って並んでいます。最も北にあるのが、コルフ(ギリシャ語ではケルキラ)島。長年に渡って、ヴェネチア、イギリス、フランスに支配されていたこともあり、パステルカラーの建物など統治時代の面影が残る美しい街です。旧市街の迷路のような裏路地をカフェに寄りながら散策するのもまた楽しいです。

コルフ島では、復活大祭の前になると、赤い陶器を並べた露天商が街路を占領します。この陶器こそ、コルフ島に残る復活大祭の伝統習慣のキーワード。どう使うかは、次の章で明らかにしますが、その前に、簡単に一連の儀式について触れておきましょう。

復活大祭の関連行事は、肉類を断つカーニバル(ギリシャ語でアポクリエス)から始まります。断食期間は、復活大祭まで40日間続きます。基本的にチーズや卵など動物性食品を摂らないのですが、信心深い人は魚介類も一切断ちます。でも、カーニバルシーズンの2週目には、「チクノペンプティ」という肉を思いっきり食べる日が設けられていて、どこのレストランに行っても、皆がボリューム満点のバーベキューを頬張っています。

復活大祭当日の日曜日を前にした1週間は「メガリ・エブドマダ」と呼ばれる聖週間。この1週間だけ断食するというギリシャ人も少なくありません。聖金曜日には、花で飾られたキリストの棺を模した御神輿をかついで、夜遅くまで教会周辺を練り歩く様子が見られます。コロナ禍の昨年、そして今年は、残念ながら、教会ミサに集うことができず、各自ベランダでロウソクを手にする姿がテレビで放映されました。

聖土曜日のコルフ島で何が起こる?

さて、コルフ島の話に戻ります。前章で触れた陶器、気になりますよね。聖土曜日は、朝の教会ミサを終えると、人々は街のいくつかの広場に集まってきます。

広場に面したアパートメントの窓を見ると、あちこちのバルコニーに朱色の絨毯がかけられているのがわかります。正午、教会の鐘が鳴り響くと、あらら、窓から例の陶器(赤いのもあれば素焼きのもあります)が一斉に投げられます。絨毯は、「陶器を投げます」という意思表示なのです。

これこそが、コルフ島名物、空飛ぶ陶器。ええっ! 広場にいる人たちが危なくないか!ですって? 大丈夫。この行事に参加する人は心得ているので、陶器が落下するであろう場所はきちんと空けています。投げる方も慣れたもので、なるべくストンとまっすぐ落とすように努めます。陶器のかけらを拾うと、幸運がやって来るのだとか。

私も、友人のデスピナさん(浮世絵収集で知られる同島のアジア美術館館長)の家で陶器投げに初トライ(2019年)。誰かに当たったらどうしようかと、最初はかなりどきどきでした。

この風習は、16世紀、ヴェネチア人が古い鍋など役目を終えた道具を窓から投棄したことにさかのぼるそうですが、陶器を割ることで、キリストの復活により死に打ち勝つというメッセージが込められているといいます。

いよいよ断食期間も終わり。最初に口にするのは、赤いゆで卵。赤い卵を抱いた甘い菓子パン、チュレキは定番です。サクランボの種の核から採ったマーレピ、エーゲ海のヒオス島にのみ生育しているマスティハといったスパイスで風味付けされています。

聖日曜日のごちそうは羊の丸焼き

復活大祭の聖日曜日は、もうお祭りムード一色です。人々は、会うたびに、「フリストス・アネスティ(キリストは復活した)!!」と、喜びの挨拶を交わします。

皆が楽しみにしている料理は、羊の丸焼き。自宅の庭で焼いて家族でテーブルを囲む人もいれば、最近は、ホテルやレストランに出かけて、友人とわいわいと飲んで食べて踊って過ごす人も増えています(コロナ禍でこの外食習慣が抑えられているのは悲しいですが)。

羊の丸焼きとくれば、ワインは欠かせません。コルフ島には美味しい地ビールがありますが、ワイン造りに関しては特筆するものがなく、好まれて飲まれているのは、お隣のケファロニア島のワインです。

マヴロダフニとロボラ

ケファロニア島は、イオニア海の主な7つの島の中で最も大きな島です。紀元前13世紀のミケーネ時代の墓が数多く発見されています。コルフ島と同様、ヴェネチア支配下に置かれたため、驚くほど美味しいパスタを提供するレストランがいくつもあります。

ギリシャのワイン産地を訪問し始めた頃、現地のワインジャーナリストに、「どこに行くのがオススメ?」と尋ねたところ、真っ先に出てきたのが、ケファロニアでした。

有名なミルトス・ビーチの写真でもわかるように、白い丸石が敷き詰められた海岸、石灰岩を多く含む土壌、ギリシャ国内では比較的降水量が多く急斜面にも緑が豊富といった特徴があります。多様な土壌は変化に富んだワインのスタイルを生み出し、栽培しているブドウ品種も多いです。

その中から、通販で手軽にお取り寄せ可能なケファロニア島のワインを挙げてみましょう。土着品種のマヴロダフニとロボラを試していただきたいです。

まず、羊の丸焼きに合わせたいのが、黒ブドウのマヴロダフニ。色が鮮やかでタンニンが多い品種です。伝統的には、オーク樽で長期熟成して、甘口のポートワインのように仕立てられてきました。

菓子パンのチュレキなどとはベストマッチング。近年は、濃厚なチェリーの香りやハーブのニュアンスを生かして辛口ワインにする傾向が強まっています。カベルネ・ソーヴィニヨンやシラーなど国際品種とブレンドした赤ワインも人気です。

ご紹介するドメーヌ・スクラヴォスは、島の西部にあるドメーヌ。ウクライナでワイナリー経営をしていた一家が戦火に追われて移住、1990年からリリース。ビオディナミ農法を実践しています。

もう一つ、白ワイン品種のロボラは、日本ではあまり知られていないかもしれませんが、イオニア諸島の主要品種。若い時にはよくシャブリと比べられます。レモンやグレープフルーツのフレッシュで繊細な香りと「石のワイン」とも呼ばれる豊かなミネラル、バランスの良い酸味が特徴です。

サラダやレモンをぎゅっと絞っていただく料理にとても合います。中程度のアルコール度数なので飲みやすいです。ジェンティリーニ・ワイナリーは、島のパイオニア的存在。ロボラにほれ込みそのポテンシャルを探り続けているそうです。

5月2日、在京のギリシャ大使夫妻から復活大祭のランチのお誘いを受けました。横浜のレストランで特注したという羊の丸焼き(なんと、頭付きです!)を美味しくいただきました。低カロリーでヘルシーな羊肉料理は、ハーブと合わせてアレンジ自在です。ぜひワインとの相性をいろいろ探ってみてください。

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永峰 好美

読売新聞記者として、主に生活面・解説面などで長年取材活動を続けてきたプロライター。
日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。
80年代後半、取材で初めて訪れたパリの「トゥール・ジャルダン」で、フランス人の招待主が分厚いワインリストを手にソムリエと楽しそうに会話してワインを選定、そのワインがとてつもなく美味しく、ただただ感動したのが、ワインにはまるきっかけに。2005年から百貨店のプランタン銀座(現マロニエゲート銀座)で役員を務め、現場でワインの営業も経験。その後、読売新聞の編集委員を経て、2018年5月、記者生活を卒業。2020年末まで、ギリシャ大使の夫に伴いアテネ在住、大使夫人として外交のもてなしの場で活動。宴席のワイン・日本酒セレクションを担当した。共著に「スペインワイン」(早川書房)。日本ソムリエ協会の機関誌には、世界最優秀ソムリエコンクールのルポ記事をはじめ多数寄稿している。東京の自宅近くでマスカットベリーAの栽培も。趣味は遺跡と博物館巡り。 永峰 好美の記事一覧 

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